2007/08/22

PBP2007 イギリスチーム

 加藤会長と合流。
既に事故近くの家に預けていた自転車を回収してくれていました。

 事故はおそらくパニアバックに車がHITしたようで、リアキャリアとホイールが曲がってしまっています。ブレーキを開放して回るレベルの振れじゃなくて後輪ロック状態で、持ち運びが大変なので回転するようにして貰わないと。


 PCにはこんなメンテナンス所があります。
その為トラブってもPCまで辿り付けられればなんとかなるかもしれません。
「もうリタイアして走らないから回転するようにするだけでいいから」と加藤さんがしきりに伝えてくれていますが、作業してくれている方はあまり英語が得意ではないようで
「こりゃ酷い、こんなの直すのは無理だよ」みたいな表情。
「もう廃車だから壊しても(スポーク切っても)いいからとにかく回るように」と伝わったのかどうか怪しいものの、ゴロゴロできるくらいには修理完了。


 近くのカフェで朝ごはんを食べます。

 事故にあってからこの時点で1日以上経過しているのですが、実は病院以降もあまり覚えていません。ずっと頭がフラフラしている状態で、気がついたら加藤さんが何から何までやってくれていてビックリしました。


 このフージェールの街は大きな都市では無いよ、そして電車も通ってないからパリまで帰れないよ。
と、加藤さんはルデアックにいるバクスター社日本サポートチームに連絡を取ったようです、とはいえルデアックにいるバスは他の日本人参加者の為の物。ここからパリまでの帰路も通常(鈴木家2名のみ)ならば大困りだったワケですが、バクスター社のイギリスサポ-トチームがここフージェールに居ると聞いて、ネゴってくれました。

 パリまでの足を確保です。しかもタダ。
鈴木家2名は日本バクスターツアー参加者じゃなくて、おそらくイギリスの方も名簿みてチェックしていたのでそれはバレていたと思います。でも助けてくれました。


 イギリスのスタッフ2名。
4年前、2003年のPBPは2人ともサポートではなく参加者として走ったそうです。
でこの女性、なんとイギリスの4年連続ブルベチャンピオン。
 チャンピオンて何?と思ったらBRMだけで年間2万km走って走行距離No.1だって。
BRMだけで2万?そいつは凄すぎです。


 5人で食事。英語はサッパリなのですが、
・この男性と女性はBRMをよく一緒に走っていた
・下りになると男性追いつけなくて苦労した
とかそんな話はなんとかわかりました。


 イギリスチームバスへ。
サポートとはいえ自転車を持ってきているようです。
PBP参加者はアルミのロードが多かったのですが、この方のバイクはオーダーフレームのクロモリでいかにもって感じ。


 ミッキーがクマってる・・・

 こんな自転車に乗ってる年配の方でも
「乾電池を沢山持ち運ばないといけないからリチウムイオンが軽くていいさ」
とか言っていてちょっと新鮮。


 既に行きの標識は回収され、帰りの矢印のみ残っています。
まだ戻ってきた人はいないのかな。

 前日は仮眠しただけだったので教室でもOKでしたが、ちゃんとした所で寝たいです。
300km地点の中途半端な街とはいえ、ホテルの殆どはPBP参加者によって抑えられてしまっていました。


 空いているのはスイートのみ。


 皆が雨と戦い走っている中、スイートのベッドでグッスリです。


 鍵を取り付けた後にペンキを塗ったようで、乾いたペンキによって鍵が動かなくなっていました。


 街をぶらぶらしながら薬局に行って薬購入。
足首を捻っていたのでその痛み止め関連。事故ったわりにあまりにピンピンしていて付き添いリタイアの会長への申し訳なさが倍増。

 食事ができそうなところはあまり無く、ホテルに戻って食事と。
(加藤さんとは別行動)


 なんかコースですよ。アイスですよ。


 ワインだって飲んじゃいます。

それでは、以下過酷なPBPの食事写真をお楽しみください。





 チーズは20種類くらいの中からどれにする?と選ばされます。
全部食べたかったのですが、幾つ頼んでいいのかとかシステムがよくわからず控えめに3種類ほど。


 デザートのアイスは4種類全部食べられます。


 ウェアがアソスでこういうレストランにはかなり似合いません。
そうそう、受付時に買ったエアブロックの長袖アソス、ここで大活躍でした。長袖着てても寒かったです。

2 件のコメント:

  1. 見たこともない過酷なPBP。。。
    そして終わらない予定だった日記が終わりそう。。。

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  2. 皆さんPBPの最中は食が大変だったと言ってますからね。
    あーたいへんだった。

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