2017/06/30

2016RAWその10:冷却ベスト投入

  ドラッケンというゲームをご存じだろうか?
  1989年、フランスの開発会社が作成したAmigaのゲーム。国内移植されたPC-9801版では、画面の走査線書き変え中にパレットを変更し、同時発色数を超えたグラデーションを表示させて話題になった(いや話題になった理由はそれじゃない気もするが、とにかくそんな話を覚えている)。


アリゾナの夜明け

  ヘロヘロと走りながら夜明けを迎え、最初に頭を過ったのはあのドラッケンの画面だった。
  360度どこを見回しても平らな地平線。その上には広がるのは真っすぐ縦方向へ描かれたグラデーション。ものすごくシンプルながら、ものすごく広大な光景に目を奪われた。


夜が明けた

  20km/hほどの速度で10km走って休憩、10km走って休憩。5回目の休憩はガソリンスタンドだ。ガソリンを入れ、不足していた氷を買う。休むついでにアイスを食べたら、ほんの少しだけ元気が出てきた。

  夜のうちにスタート地点のコロラド州からアリゾナ州へと入っていた。


しかし見た目は何もかわらない…


いや、昨日のブッシュと比べて緑が多いか?


アリゾナといえば、


そう、サボテン!

  昨日と比べて増えたのはサボテン。

  あまりに走行速度が遅いため、スタート直後に抜いた参加者にバンバン抜かれだす。でももう、それを追う体力も、気力もまるで残っていない。


他選手のサポートカー

  白線の外側5フィートどころか白線を跨いで停車している。これはもう完全に違反で、この状態を密告?されればペナルティとなる。ま、我々はやらないけど、巡回しているスタッフカーに見つかったらアウトだ。
  もちろんクルーも解っていないわけではない。RAW/RAAMでは、ルール違反と知りつつもペナルティ覚悟で止まらざるを得ない、なんて状況が出てきたりもする。


■TS5:Salome(551.1km)

  スタートから20時間7分経過。区間平均速度はなんと15.2km/h。ブルベでもギリギリの速度だ。
  明け方の停車から6時間経っても、未だ復調する兆しは無い。この時点でもう上位ゴールは完全に諦め、ゴール後のバンケットに間に合う72時間を目指すことにする。とはいえ、○○時間を目指す!といった走りは全くできておらず、とにかく動けるだけ動くで精一杯なのであるが。

  昼が近づくにつれ、気温は上昇してまた40℃となった。ここはアレの出番だ。


冷却ベスト投入

  吸水性の高い素材でできたベスト。水を思いっきり染み込ませておき気化熱で冷却するのが狙いだ。
  持ち主のひであさんによると多湿の日本ではイマイチだったようだが、高温で湿度が低いここでは絶大な効果を発揮する。


しかしコレ、ワリと重い

  さらに水が滴ってくるので尻が濡れるのが気になる。直ぐ乾くとはいえ、やっぱりパッドが濡れるのは不快なのだ。それでもメリットのほうが遥かに大きいのだけれどね。


あっ、この人も冷却ベスト着てる

  この酷いコースを走りぬくため、参加者たちは他の完走者の装備をチェックする。冷却ベストはフォーラム等でも勧められていた商品だ。


防御スタイル

  後頭部を完全に覆うのは正しい気がする。私は耳がただれてボロボロになったから…
  次のPC、初の有人PC(といってもチェックは本部への電話)までは残り20km。しかしこの20kmを漕げずにまた休憩。


20分休む

  で、10km走った後にもう35分休憩。死にかけ。

2017/06/28

2016RAWその9:最速女性とレースの終わり

  暗闇を漕ぐ。


車のライトが頼り

  レーサーミーティングの日記で書いたように、超長距離の自転車レースはなにもこのRAAMだけではない。アメリカ横断ノーサポートのTransAMを始め、世界まで広げればエクストリームなロングライド系イベントは沢山ある。その中でRAAMの意味は、「サポート体制を自分たちで作ってレーサーは走ることに集中する」ことだと思う。
  ノーサポートのほうが大変だとか、2つを比べるのは全くナンセンス、これは別ジャンルなのだ。こうやって明るい光で後方から照らしてくれているからこそ、一切の街灯がなく、路面状況の悪い中でも走りに多くを注ぐことができる。時折猛スピードですれ違う車も、こちらが自転車1台であったら「運転手は気づいているだろうか?」と不安になってしまう。特に、自分の後方を車でガードしてくれているのは大きい。

  順位は?今の順位は何位?ここまで自分としてはかなりのペースで走ってきている。RAAMの先頭争いの何人かには抜かれ、力の違いをまざまざと見せつけられたが、RAW参加者の中ではどのくらいなのだろう?

  「現在カテゴリ、男性50歳未満では2位、トップとの差は20分くらい。すぐ後ろにはアンドリューが走っている」
  トップの人は10分前スタートなので、実際のタイム差は10分ほどか。どうやらほぼ似たような速度で走っているようで、ブロウリーでの補給で止まっていたぶんだけこちらが遅れているといった感じだ。

  「でもその前に」クルーからの通信は続いた。「一人女性が走ってるよ」

  えっ?何かの勘違いではないか?250kmをグロス33km/h程で走っているのに、レースとはいえプロでもない長距離サイクリングイベントでこの前に女性がいる?
  謎の生物のことを考えても仕方がない、今はカテゴリトップの男性を目指そう。もちろんこのペースで最後まで走れる自信はないのだけれど、これまでの経験から800kmくらいまでは喰らいついていけるかもしれない。

  そういえばさっきから、なんだか少し乗り心地がマイルドに感じる。止まって確認すると後輪の空気が少し抜けていた。「自転車交換する」、クルーに告げ、TTバイクからロードにチェンジ。停車時間は12分ほど、ああ、トップとの差が離れてしまう…
  後輪のスローパンクなら、ホイールだけスペアに交換したほうが時間は短くて済んだだろう。しかし正直言って、この時点で既にTTバイクでの走行には限界を感じていた。AJZwiftでの600km、ローラーではTTバイクに長時間乗る練習はしてきたものの、実走は初めてだ。ロードより深い前傾姿勢、これにより胃が圧迫され、また砂漠の暑さも相まって、想定していた以上に胃がダメージを受けている。GELを水で胃に流し込むことすらツラい状態だったのだ。

  妻には、200wで走行し続けた時の必要なカロリーを伝えてある。摂取量がこれを下回るようなら怒ってでも食べさせろと。妻は「摂取カロリーが少なすぎる、もっと食べなきゃダメ」と言うが、もうGELなんて見たくもないし、当然固形物だって食べたくない。そこで「予定していたより出力は低いから今の量で大丈夫だ」とウソをついた。
  「予定していた出力より低い」は本当なのだが、「今の量で大丈夫」は大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど食べたくないから仕方が無い。そんなことをしていたら後で泣く事になるのは目に見えているのに、自転車で走り続けていると頭は悪くなるので正常な判断はできていない。


■TS3:Blythe(378.3km)

  スタートから11時間40分を経過、ローカルタイムは24時を過ぎた。前のTS2での停車時間や、途中パンクもあって区間平均速度は32kmとやや落としてしまっているが、それでもまだグロスは32.4km/h。

  カテゴリトップのTeam Zukは29分前に通過、タイム差は19分、やはりパンク修理のぶん遅れてしまった感じか。しかし男女合わせたトップのSarah Cooperは47分前、彼女は私の20分前スタートだったため、30分近い差がついていることになる。パンク修理の停車ぶんを差し引いても、追いつくどころかどんどん離されている状況だ。恐るべしサラ・クーパー。

  暗闇の中を走り続けるのも疲れてきたので、FaceBookやTwitterでの応援メッセージをトランシーバー越しに読みあげてもらう。「頑張って」の一言でもいい、知り合いからのコメントを読んでもらうだけで力が湧いてくる。「クルー頑張れ、レーサー頑張るな」みたいなのが多くてクスっとする。ゴメン、私はクレバーな走りなんてとても無理で、つい後先考えずに突き進んでしまう。今回ももう、それに片足を突っ込んでしまっている気がする。

  次のTSまで残り30km、先頭を走るTeam Zukはここで休んでいたようで、丁度彼が出発するところで追いついた。2人の速度に差は殆どない、でも少し前を走られてるのがちょっとイヤで、無理して追い抜いてしまった。先頭に出たからには止まれなくなっちゃったよ、失敗したかな。


■TS4:Parker(460.9km)

  スタートから14時間11分、グロス平均速度は32.5km/h。

  思っていたよりもずっと早く、いきなり脚が止まった。胃の調子はどんどん悪くなってきているし、エネルギーが不足しているからか、体温のコントロールが上手くできなくなっていて寒気がし出した。いきなりではなく、徐々に向かっていた崩壊の道がここで崩れ落ちたのだろう。予定では最低でもスタートから400kmまではノンストップ、できれば800kmまで一気に走りたいと考えていた。480kmしか持たなかったのは、結果を見ればオーバーペース。
  わかっていなかったのは、この気温の中をこのペースで走り続けた時の体のダメージ。単に500km弱走っただけとは思えない、想定をずっと超えたダメージを体は受けていた。果たしてペースを少し抑えたところで、そのまま走り続けられたかどうかはわからない。ただ一つ確実なのは、休まなければもう前には進めない。

  クルーに告げ、停車した車の中で休むことにした。


なんだかよくわからないけどとにかく苦しい

  眠いとかそういうのではなくて、意識が飛びそうである。妻が私の手を握り、あまりに冷たすぎる体温に死ぬかとビビって名前を叫んでいたが、それは手と間違えてバナナを握っていたからだと説明した。でももしかしたら、バナナではなくて本当に私の手だったのかもしれない。夜明けが近づき気温が上がりつつある砂漠で、私は一人寒さに震えていた。
  これはやってしまったかもな……。残りあと1000km、脚は動かないし、吐き気も寒気もするし、なにより物が食べられない。とにかく少し休んで、ペースを落としてゴールを目指そう。少しのダメージであれば1,2時間軽く流せば復活するはずだ、復調するようであればそこから高順位を目指せばいいし、ダメなら完走目標に切り替えてとにかく進むしかない。実のところ、その完走目標ですら怪しげな感じもする。頭の中に回復して走る姿が全く浮かんでこないからだ。

  胃酸分泌を抑える薬を流し込み、40分ほど休んで出発する。これは徐々に効いてきて、もっと早く飲めばよかったと後悔した。しかし調子が戻って走れるようになったのはこの先2日後、1280kmのメキシカンハット地点からだった。25km/hで漕ぐこともできずに10km進んでまた30分休憩、ボロボロの走行の中、アリゾナの夜明けを迎える。

2017/06/27

2016RAWその8:去年の自分を超えろ


TTバイクに乗り換え

  当初の予定通り、砂漠に突入した段階でTTバイクに乗りかえた。
  しかし下りは車の速度も自転車の速度もかわらず、クルーの自転車準備時間がとれていなかったため15分ほどの待ち時間が発生してしまう。車はサラのオシリを見ながらゆっくり下ってきたの言うのだ。


サラ・クーパーのオシリ

  「まあ休むからいいよ」といって車内で横になったが、15分の停車を走りで取り返せるわけはなく、ここは(準備ができていないなら)乗り換えずに先に進むべきだった。
  恐らくクルーは、私がこういったレベルのレースで戦える人じゃないということは良く分かっており、最終的に数時間の差がつくこのロングレースで数分を気にしても仕方ないと考えているだろう。でもやっぱりこれはレースだ。数分の積み重ねが大きな差になる。休むなら寝る、寝ないなら走る。そうして少しでも上を目指すのが、私にとってのレースだから。


強烈な追い風

  今年は嬉しいことに強い追い風となっていた。それに予報通り、気温はあまり高くない。なんとたった40℃しかない。UVアーム&レッグカバーの効果も大きいのか、去年「ドライヤーの熱風を当てられ続けている」と感じた灼熱地獄は、十分耐えられるものだった。


何も無い砂漠でー


止まってー


あー来た来た

  これの繰り返し。


クルーも大変


やっぱり暑い!

  ストッキングに氷を詰めたものを渡してもらい、首筋を冷やした。「ブルベのすべて」(←宣伝)にも書いているこの方法、何故ストッキングなのか?別に袋やタオルでいいのではないか?オマエがストッキングを使いたいだけではないか?そう突っ込みを受けそうだが、やってみると確かにストッキングの素晴らしさがわかる。
  氷は次第に溶けて小さくなっていく。伸縮率の高いストッキングだと、ギッシリ氷を詰め込んだ状態であっても、溶けて残り少なくなった時でも、首筋にしっかりフィットするのだ。袋状の形状、入手性、価格を考えても、これを上回るアイテムはちょっと考えられない。ストッキング万歳!

  遮蔽物の無い砂漠での追い風効果は凄まじく、35.6kmで280m下る(斜度-1%弱)この直線区間、グロスタイム40分36秒、平均速度は52.7km/hで通過した。おお、私平地苦手なのだけれど、これなかなかイケてるんじゃないの?
  しかしこの区間、RAAMに参加しているMarko Baloh選手は1割以上速い58.4km/hで走っているわけで…抜かれるときに黒澤さんみたいなガッシリした体型だなと思ったけれど、TS1までの山岳区間も私より1割速く、グロス30km/h弱で走っている。まったく、RAAMの参加者はバケモノか。

  砂漠、といっても完全に平坦なわけではなく、若干のアップダウンはある。


あそこに見えるピークを越えたらどんな景色が広がっているんだろう?


変わらん…

  北海道のオロロンラインもひたすら直線が続いていたが、公衆トイレがあったり、利尻富士が見え出したり、光景に変化はあった。でもここはまるで変化がない。


舗装は割れている

  では、変わらない景色で退屈なのか?というとそんなことは無かった。
  退屈だとか、そんなことを考える暇なんて無い。ゴールを目指してひたすら漕ぎ続けなくてはならない。


あー苦しい楽しい


砂漠TT

  実はこの写真、ボルトの締め付けが甘くてDHバーの角度がズレてきている。最初のポジションはもう少し掌の位置が上だったのに、段差で下がってしまったのだ。次のチェックポイント、ブロウリーにて修正。


日が沈み始めた

  夜間は安全のため、停車しての手渡しサポートのリープフロッグではなく、レーサーの真後ろにサポートカーがついて走るダイレクトサポートとなる。時刻はローカルタイム19時から翌9時。去年は19時~7時だったのが今年から2時間延びたようだ。
  そうそう、RAW/RAAM。アメリカ大陸を横断するということは途中で何度かタイムゾーンが変わる。サマータイム有/無の差もある。TS通過の報告は、RAAMゴール地点である東海岸時間で行うが、ダイレクトサポートの時間はローカルタイムで決まる。ちょっとややこしい。


そろそろダイレクトサポート開始か

  19時以降はレーサーが単独で走るとペナルティとなってしまう。時間を見つつそろそろかな?なんて準備しているとスタッフカーが来て「ダイレクトサポートに入れ」と指示。
  ダイレクトサポートでは走行中の自転車に車が横付けして、窓から補給食を渡すことになる。しかしこの車で横付けは1時間に4回までと、細かいところまでルールで決められている。ケーブル等で接続することももちろん禁止だ。


■TS2:Brawley(233.9km)


明るいうちにブロウリーへ

  スタートからの経過時間は7時間9分。TS1から下り基調のこの区間平均速度は37.6km/h、トータルでのグロス平均速度は32.7km/hにまで回復した。

  ガソリンスタンドで停車し、給油中にズレているハンドルを直す。専属メカニックでもいれば寝てる間にやってもらいたいところであるが、まあ(ちょっと言い方悪いけど)寄せ集めチームなので仕方がない。
  給油して、補給食や氷を買って、自転車も調整したしさあ出発、という時になって妻が「あ、トイレ」と言い出しガソリンスタンドに消える。もう夜間だからレーサー先行して出発できないのに。トイレはオムツで済ませ!とは言わないけど、ガソリン入れてる間に行っとけよ、もう。

  ブロウリーの街中を抜けるうちに日は落ち、辺りは闇に包まれた。そろそろ去年倒れた場所のはずだ、トランシーバーで「どこ?どこなの?」と聞くが、目印も無いのでどこなのかよくわからない、との話。


たぶんこのへん

  「去年の自分を超えた!」それはきっと、なにか自分にとって重要な、心を揺さぶるポイントになるのかもなと予想していた。
  でも実際その時がきて、そこには何の感情も湧かなかった。1500kmのレース、そのうちたった266kmを走っただけに過ぎない。今年の私にとっては、取るに足らない通過点だ。


しかしひたすら直線である

  「どこまでこの直線が続くのさ」そんなボヤきにクルーからは「次の交差点100km先」と無情な返答。

2017/06/26

2016RAWその7:砂漠へのエレベーター

  2016/6/14 日本時間4:33。2度目のRAWがスタートした。

  カメラマンの間を抜け、ビーチ沿いの道を左折し、踏切を超えるとそこからはもうサポートカーとは別ルート。
  ここオーシャンサイドの市街地走行を避け、自転車は川沿いのサイクリングロードを12.5km走る。一般の方も走っている小道であり、この間は前走者の追い抜きが禁止されたパレード区間となる。

  ハンドルにつけたアクションカメラのスイッチを入れ、ブツブツと呟きながらペダルを回した。まだほんの序盤、焦ってはいけないと言い聞かせるも、高まる興奮は抑えられずに前走者に追いついてしまった。うーんちょっと遅すぎないかな、ドラフティングは禁止なため10mほど離れて追走。後ろからも一人追いついてきて、3人が一定間隔を空けてサイクリングロードを走る。
  お、パンクしている参加者がいる……。サポートカーのいないこの区間でのパンクは基本自分で修理しなくてはならない。私も車と合流するまでは予備のタイヤなどを積んで走っている。しかしこんなトコでパンクとはついてないね、屋や向かい風の中、サイクリングロード終端に到着、ここからは思いっきり走れるぞ。

  一般道路への合流地点では参加者が何人か溜まっていた。スタートから25分が経過するまでここでスタッフにより止められるようだ。去年はそんなこと無かったのだけど、今年から変わったのだろうか?なんにせよこれでパレード区間で飛ばす必要は全く無いことになる。いい変更だと思う。
  パンクしてた人が後ろから凄い勢いでやってきて、スタッフと話してすぐ通過、私は数分待った後にスタート。ここからは一般道、信号は多少あるが、日本のブルベのような数では無い。停止線のある交差点ではスタッフが監視の目を光らせているが、赤信号であっても自転車は右折できるため、かなり快適に走り続けることができる。
  ……もっとも広域農道のようなアップダウンが暫くずっと続くのであるが。

  一般道に出てもまだサポートカーとは合流できない。38km地点の合流地点まではレーサーとサポートカーとは別ルートだ。私は眠気に弱いという、こういったエクストリーム系ロングライドでは致命的な弱点があるものの、RAAMはおいといてRAW参加者内では600km以内の速度は上位のレベルではあると思う。そんなわけでアップダウンを繰り返す中、前を走る参加者を次々と追い抜いていく。

  去年はブラジル人のFabioが私と同じくらいの登坂能力で、しかもスタートがすぐ後ろだったため抜きつ抜かれつの展開となった。たぶんこれにより少しオーバーペースになっていたかもしれない。
  今年は競う相手もいずにマイペース。そろそろサポートカーとの合流地点かな、とトランシーバーを意識しているとノイズと共に音声が聞こえだし、直後、最初の合流地点が現れた。トランシーバーの通話範囲短いな、もう少し大型のものを買えば良かったか。


前にスタートしたチーム部門のサポートカー

  最初の合流地点は駐車場となっている、写真のように車を道路に止める場合は白線の外側に1.5m以上のスペースを確保せねばならず、止め方が悪いとペナルティとなる。
  サポートカーといっても常にレーサーの後ろについて走っていい(ダイレクトサポート)のではなく、交通量の多い西海岸、即ちこのRace Across the Westの殆どは、日中は車は先回りで路肩に一旦停止し、車から降りたクルーが手渡しで補給を行うことになる(リープフロッグサポート)。


クルーが車から降りる場合、反射ベストの着用が義務付けられる


最初の補給係はひであさん

  私が止まらずに通過するものと思ってか、走りながらボトルを渡す準備をしていたので「止まる止まる」と叫んで停車。パンク修理セットのツール缶を渡し、新たなボトル2つとフレーム上部の補給食入れ、ジェルを1パック受け取った。

  ここから最初のチェックポイント、TS1:Lake Henshawまではアップダウンを繰り返しながら登りが続く。公式データによれば91.7kmで1967mの獲得標高。いきなり山岳コース並みの厳しさだ。海岸から離れるにつれ、空の色はどんどん青くなり、日差しは凶悪さを増していく。


その後の補給は停車せずに

  我々のチームはリープフロッグの回数が少ない!やはり去年と同じように、走りながら他のチームを見るとそう感じる。去年はそれで適切な補給を受け取ることができずに文句を言ったが、サポートカーが止まれる場所は白線の外側にスペースがある場所だけと限られており、そういった場所は他のチームとの取り合いとなってなかなか停車場所が無いそうだ。


車を止めて、降りてすぐ準備してと、クルーも大変

  今回は去年と比べると暑くない。気温はまだ35℃程度、これなら頻繁にドリンクを受け取らなくても大丈夫と、停車間隔に対して強く要求することはなかったけど、荒れた路面の下りでボトルを落としてしまった後は少しヤバかった。RAW/RAAMでは安全のため、自転車がコースを逆走(反対車線に渡っても)することは禁止されており取りに戻れないのだ。ボトル落としてごめんなさい。

  それに登りでは、同じ距離であっても時間は長くかかることになり、車からではその辺りの感覚を把握しづらい。「サポートカーの停車間隔が長い」は私の気のせいかなと、後日他のRAAMチームとのタイムラプス画像を比べてみたところ、我々チームが8回、他のチームは20回(10回/時ペース)だった。停車回数が増えるほどクルーの負担は増すためどのくらいが適切なのかはもっとよく考えねばならない。次回以降の課題にしよう。


情緒が無い

  アメリカに住んでいた加藤さんが「アメリカ人はとにかく真っ直ぐに道をつくって登り下りに情緒が無い」と言っていたのを思い出す。ただ直線で通しただけの頭の悪い道であると。アメリカ人に恨みは無くとも「頭ワリー」と叫びながら、ひたすら続くアップダウンを走る。自転車でそんな道を走るほうがよっぽど頭悪いのであるが。

■TS1:Lake Henshaw(91.7km)


最初のチェックポイントでくつろぐクルー

  経過時間は3:22。グロス平均速度は27.2km。ハードな登りと、序盤のパレード区間を考えたらタイムは上々。去年は3:18と去年より4分「抑えられている」のも悪くない。
  このRAW/RAAMのチェックポイント、なんとチェック方式は「電話」だ。クルーが本部に電話で時間を伝えることで通過確認となる。レーサーは停車する必要は無い。

  湖を越えたあとは400mほど登り、標高1200mのピークを越えると海抜0mまで一気に下る。ついに砂漠とのご対面だ。


大きな左カーブの先には


絶望が広がっている

  グラス・エレベーターと称されるこの下りは、過去何度か大きな事故が発生している。道幅は広くカーブもきつくないものの、下界から吹き上げてくる熱風が強烈だ。路面、特に端の舗装状態は快適とはいえず、ひび割れにタイヤを取られたり、パンクでもしたら一大事となる。


  既にバッテリー切れで停止していたアクションカメラのスイッチを入れたら、少しだけ撮影できた。しかし砂漠が目の前に広がるのはこの直後…もう少し動画撮りたかったな。

2017/06/23

2016RAWその6:スタート前のひととき

■6/14
  クルーの皆が朝起きて最後の買出し(氷など)に行く中、一人ギリギリまで寝続ける私。ホントは目が覚めちゃったりもしてたけど、とにかくギリギリまで体力の消耗を抑えないといけません。


宿泊ハウスのオーナー、ジェフともお別れ

  ジェフも奥さんもRAW/RAAMのことは知らなかったようで「自転車でどこまで行くの?」「コロラドまで」「3日で?!」みたいに驚いていました。狭いホテルの部屋と違い、3日間快適に過ごせて良かったです。


サポートカーには日の丸が

  おー、赤テープと黒テープ使って上手くできてるじゃん。
  「日本代表」みたいな気は全くないのだけれど、国旗の飾りつけた各チームのサポートカー見てちょっと羨ましく思っていたのよね。PBPでも思ったけど、どこから来たのかって情報量増えるだけで会話も増えるし、こういうイベントで国旗大事。

  車に乗ってスタート地点へ。
  サポートカーの駐車場はゼッケン番号順に止める場所が決まっています。どこのチームも車がデカいので、後から来ると駐車するのも大変です。なのでここは少し早めに移動します。

  スタートまではダラダラと他のチームの車などを観察。


このピンクいいねえ、目立つねえ


RAAMはスピーカー付きが多い

  街中では流しちゃダメとか、地面からの高さとかルールで決まっています。何もない直線を昼夜走り続けるRAAMでは音は重要なのかもしれません。眠気防止にもなるし。
  我々のチームも終盤は小さなブルートゥーススピーカーを車前方に置き、音楽を流しますが、即席システムだったこともあり三和さんのiPhone破戒という悲しい末路を遂げます。


このチームの棚は整頓されてるなあ

  ま、今回は我々もそれなりに準備してるし、前回のような「半日にして虫の進入を許すような惨憺たる状態」な車内にはならないかと思われます。


ニコルのチームを見つけてまた加藤さんが行く

  加藤さんによると、このクルーチーフは彼女に絶対の信頼を置いてるのが話してて感じられたと。「これまでスイスで山岳を走ってきた彼女が完走できないわけがない」と。
  いいねえ、信頼、ウチらのチームにないのはそれですよ、それ。どうもすみません。


並んで写真を


なんかこれ、ド変態みたいじゃねえか

  さて、そろそろスタート時刻が違づいてまいりました。レーサーはサポートカーから離れ、スタート地点の待機場所へと移動します。


頑張りましょ


開会式の様子

  参加者数十人の小さなイベント、その少人数のアメリカ横断なんてバカげた夢のため、多くのスタッフが動いてくれています。でも開会式の雰囲気はやっぱりこじんまりした感じです。
  アメリカ国家に何の思い入れも無いのですが、これから走る大地を想像してグッとくるものがありました。

  ここでスタッフのおじさんから話しかけられました。おじさんというよりお爺さんかな、ロードオブザリングのゴラムのような、ちょっとホネホネした感じの方です。
  「去年は大変だったね」と。私が去年も参加したこと、砂漠の暑さでリタイアしたことを覚えていてくれたようです。そうだ、私もその人に見覚えがあります。確か杖をついていたような…

  「去年は杖をついていたんだよ」どうやら手術が上手くいったようで、今では杖無しで歩けるようです。膝の手術跡を見せ、ニッコリとスクワットまでしてくれました。
  直後、急に真剣な目になりこちらを見つめ「私の目を見るんだ、これは魔法だ。アナタは絶対完走できる。なぜならこれは魔法だからだ。」…爺さん、ありがとう…泣けるわ。


1分置きにゼッケン順にスタート

  私の前の人は居ません。スタッフから「君の前の人はいないから、もう一分、間が空くよ」と説明を受けています。
  「大丈夫、わかってますよ」「君がわかってるのは知ってるさ、でもさ、彼、昨日練習中に事故に遭ったらしいんだ。信じられるか?これまでずっと努力してきて、前日に事故だぜ。考えられるか?神はいるのか?」

  そう、このレースが素晴らしいのは、スタッフの皆さんが参加者に敬意を持って接してくれていること、それが伝わってくるところです。スタート整理のオッチャンが、参加できなかった一人の参加者を想い嘆く。さっきの爺さんといい、スタート前から涙腺崩壊イベント連続です。
  ちなみにこの事故に遭った方、体は無事だったようで、1時間程遅れてスタートし完走しています。1時間遅れてのスタートが認められるところもまた素晴らしいですね。


サポートカーは待機場所から徐々に移動


スタート地点でレーサーと合流


んじゃ、ちょっと1500km走ってくるわ