2017/06/28

2016RAWその9:最速女性とレースの終わり

  暗闇を漕ぐ。


車のライトが頼り

  レーサーミーティングの日記で書いたように、超長距離の自転車レースはなにもこのRAAMだけではない。アメリカ横断ノーサポートのTransAMを始め、世界まで広げればエクストリームなロングライド系イベントは沢山ある。その中でRAAMの意味は、「サポート体制を自分たちで作ってレーサーは走ることに集中する」ことだと思う。
  ノーサポートのほうが大変だとか、2つを比べるのは全くナンセンス、これは別ジャンルなのだ。こうやって明るい光で後方から照らしてくれているからこそ、一切の街灯がなく、路面状況の悪い中でも走りに多くを注ぐことができる。時折猛スピードですれ違う車も、こちらが自転車1台であったら「運転手は気づいているだろうか?」と不安になってしまう。特に、自分の後方を車でガードしてくれているのは大きい。

  順位は?今の順位は何位?ここまで自分としてはかなりのペースで走ってきている。RAAMの先頭争いの何人かには抜かれ、力の違いをまざまざと見せつけられたが、RAW参加者の中ではどのくらいなのだろう?

  「現在カテゴリ、男性50歳未満では2位、トップとの差は20分くらい。すぐ後ろにはアンドリューが走っている」
  トップの人は10分前スタートなので、実際のタイム差は10分ほどか。どうやらほぼ似たような速度で走っているようで、ブロウリーでの補給で止まっていたぶんだけこちらが遅れているといった感じだ。

  「でもその前に」クルーからの通信は続いた。「一人女性が走ってるよ」

  えっ?何かの勘違いではないか?250kmをグロス33km/h程で走っているのに、レースとはいえプロでもない長距離サイクリングイベントでこの前に女性がいる?
  謎の生物のことを考えても仕方がない、今はカテゴリトップの男性を目指そう。もちろんこのペースで最後まで走れる自信はないのだけれど、これまでの経験から800kmくらいまでは喰らいついていけるかもしれない。

  そういえばさっきから、なんだか少し乗り心地がマイルドに感じる。止まって確認すると後輪の空気が少し抜けていた。「自転車交換する」、クルーに告げ、TTバイクからロードにチェンジ。停車時間は12分ほど、ああ、トップとの差が離れてしまう…
  後輪のスローパンクなら、ホイールだけスペアに交換したほうが時間は短くて済んだだろう。しかし正直言って、この時点で既にTTバイクでの走行には限界を感じていた。AJZwiftでの600km、ローラーではTTバイクに長時間乗る練習はしてきたものの、実走は初めてだ。ロードより深い前傾姿勢、これにより胃が圧迫され、また砂漠の暑さも相まって、想定していた以上に胃がダメージを受けている。GELを水で胃に流し込むことすらツラい状態だったのだ。

  妻には、200wで走行し続けた時の必要なカロリーを伝えてある。摂取量がこれを下回るようなら怒ってでも食べさせろと。妻は「摂取カロリーが少なすぎる、もっと食べなきゃダメ」と言うが、もうGELなんて見たくもないし、当然固形物だって食べたくない。そこで「予定していたより出力は低いから今の量で大丈夫だ」とウソをついた。
  「予定していた出力より低い」は本当なのだが、「今の量で大丈夫」は大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど食べたくないから仕方が無い。そんなことをしていたら後で泣く事になるのは目に見えているのに、自転車で走り続けていると頭は悪くなるので正常な判断はできていない。


■TS3:Blythe(378.3km)

  スタートから11時間40分を経過、ローカルタイムは24時を過ぎた。前のTS2での停車時間や、途中パンクもあって区間平均速度は32kmとやや落としてしまっているが、それでもまだグロスは32.4km/h。

  カテゴリトップのTeam Zukは29分前に通過、タイム差は19分、やはりパンク修理のぶん遅れてしまった感じか。しかし男女合わせたトップのSarah Cooperは47分前、彼女は私の20分前スタートだったため、30分近い差がついていることになる。パンク修理の停車ぶんを差し引いても、追いつくどころかどんどん離されている状況だ。恐るべしサラ・クーパー。

  暗闇の中を走り続けるのも疲れてきたので、FaceBookやTwitterでの応援メッセージをトランシーバー越しに読みあげてもらう。「頑張って」の一言でもいい、知り合いからのコメントを読んでもらうだけで力が湧いてくる。「クルー頑張れ、レーサー頑張るな」みたいなのが多くてクスっとする。ゴメン、私はクレバーな走りなんてとても無理で、つい後先考えずに突き進んでしまう。今回ももう、それに片足を突っ込んでしまっている気がする。

  次のTSまで残り30km、先頭を走るTeam Zukはここで休んでいたようで、丁度彼が出発するところで追いついた。2人の速度に差は殆どない、でも少し前を走られてるのがちょっとイヤで、無理して追い抜いてしまった。先頭に出たからには止まれなくなっちゃったよ、失敗したかな。


■TS4:Parker(460.9km)

  スタートから14時間11分、グロス平均速度は32.5km/h。

  思っていたよりもずっと早く、いきなり脚が止まった。胃の調子はどんどん悪くなってきているし、エネルギーが不足しているからか、体温のコントロールが上手くできなくなっていて寒気がし出した。いきなりではなく、徐々に向かっていた崩壊の道がここで崩れ落ちたのだろう。予定では最低でもスタートから400kmまではノンストップ、できれば800kmまで一気に走りたいと考えていた。480kmしか持たなかったのは、結果を見ればオーバーペース。
  わかっていなかったのは、この気温の中をこのペースで走り続けた時の体のダメージ。単に500km弱走っただけとは思えない、想定をずっと超えたダメージを体は受けていた。果たしてペースを少し抑えたところで、そのまま走り続けられたかどうかはわからない。ただ一つ確実なのは、休まなければもう前には進めない。

  クルーに告げ、停車した車の中で休むことにした。


なんだかよくわからないけどとにかく苦しい

  眠いとかそういうのではなくて、意識が飛びそうである。妻が私の手を握り、あまりに冷たすぎる体温に死ぬかとビビって名前を叫んでいたが、それは手と間違えてバナナを握っていたからだと説明した。でももしかしたら、バナナではなくて本当に私の手だったのかもしれない。夜明けが近づき気温が上がりつつある砂漠で、私は一人寒さに震えていた。
  これはやってしまったかもな……。残りあと1000km、脚は動かないし、吐き気も寒気もするし、なにより物が食べられない。とにかく少し休んで、ペースを落としてゴールを目指そう。少しのダメージであれば1,2時間軽く流せば復活するはずだ、復調するようであればそこから高順位を目指せばいいし、ダメなら完走目標に切り替えてとにかく進むしかない。実のところ、その完走目標ですら怪しげな感じもする。頭の中に回復して走る姿が全く浮かんでこないからだ。

  胃酸分泌を抑える薬を流し込み、40分ほど休んで出発する。これは徐々に効いてきて、もっと早く飲めばよかったと後悔した。しかし調子が戻って走れるようになったのはこの先2日後、1280kmのメキシカンハット地点からだった。25km/hで漕ぐこともできずに10km進んでまた30分休憩、ボロボロの走行の中、アリゾナの夜明けを迎える。

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