そういえばここのシークレットPCでさとうさんが外国人のリカンベント乗りと話していた。
リカンベントの後ろにはちょっと珍しい木で作られたキャリアが。さとうさんが言うにはこの人は家具職人で自分で作ったとのことだが、彼の話はいつも冗談なのか本当なのかわからないので家具職人というのは怪しい。
リカンベント(特にフルカウル)はロードとは異なった走行パターンとなり、平地や下りではロードの合間を縫うようにスサササっと追い抜いていく。まるでリッジレーサーのような挙動だ。もしくはゴキブリ(なんか失礼だが車体が低く素早いのでそう見える、黒ければ完璧)。
重量があり、体重をかけたペダリングも出来ないため、登りになると失速していてロードに追い抜かれる。そうやって抜きつ抜かれつの展開となる。
ここまではタンデムと同じでも違うのが空気抵抗。あまりに低い車体は後ろについてもドラフティングの恩恵を受けられないのだ。そんなリカンベントをさとうさんは何の役にも立たなくて卑怯だと言う。2人で漕いでるタンデムが一番卑怯な気もするが。
□8/22 15時50。 シークレットPC出発。
前区間で大塚さんから遅れた後、イギリス人とのローテーションでシークレットPCで追いついて「復活してきたんじゃないの?」と言われたが、やはり一人になるとどうしようもなく遅い。
救いは天気だ。晴れ時々サンダーストームな予報も、ここまでは時々以下の部分は顔を見せていない。曇っていたり、少しぱらついていたりとはっきりしない天気ではあったが、この区間では気持ちよく晴れた。
気持ちいい天気は眠気を誘う。道端では行き倒れ。多くの参加者が気持ちよさそうに大地に横たわっていた。
前々回、2003年のPBPでは路上で寝ているとオフィシャルカーがやってきて注意を受けたという。2007年は悪天候だったため、あまり路上で寝れたものではなかった。今回2011年は寝ていて注意されている光景は見なかった。行儀がいいものではないが、付近の住民たちにもその行為が広く認知され、スタッフの方針が変わったのかもしれない。
私も停車して休みながらの走行だが、自転車を止めて横たわりはしなかった。
自転車に跨ったままハンドルに顔を伏せ数分目を閉じる。寝てるのか寝てないのかわからないような状態でも顔を上げた時にはスッキリとして走り出せる。横になってしまうとどこまでも寝続けてしまう気がして、それが怖い。
風車が並び、風も出てきた。ただ風はたいして強くなく、細かいアップダウンのほうが脚にくる。
走行時の平均速度は25km/hくらい。まったりサイクリングは続く。
次のPC手前の登りで佐藤家に追いついた。今回は一緒に走らずそのまま素通り。
■8/22 18時30分。449km地点、 Loudeac(第4PC)到着。
このPCは比較的大きな都市にあり、応援の人も多い。
柵の向こう側からカメラを構えられているのを見ると、こちらは動物園の動物のような気になってくる。実際応援の彼らも珍獣を眺める気分に違いない。
応援の写真を撮っていたら丁度佐藤家が入ってきた。
食事にと誘うが、ホテルでゆっくり休みたいとフられる。彼らは往路、復路共にこの街のホテルを予約しているのだ、羨ましい。
450km地点に位置するルデアック。PCの中ではブレストに並んで大きな街であるし、1200kmを3分割と考えるとこの辺りで最初の睡眠をとることになる。復路でもここを睡眠拠点とすれば1都市で2度美味しく、そのためここは各国のドロップバッグポイントとなっている。
日本も業者がドロップバッグサービスを行っていて、事前に預けた荷物をここで受け取れる。
ただ私は「荷物預けずに全部持って走ったほうがツーリングっぽい」感じがして、今まで国内でも殆どドロップバッグを利用していない。寒がりなため衣類を多めに持つため走行時の荷物をたいして減らせないというのも大きい。(着替えが防寒具代わりとなるので預けないほうが寒いとき着込める)
それに大きな問題として、このドロップバッグは日本で渡される専用のボストンバッグに詰めて預けるという仕組みで、利用するにはこのPBPまでのヨーロッパサイクリングをドロップバッグ用のバッグを持って走らないとならない。このバッグは薄く折りたためるものであったが申し込みWEBの写真ではどの程度が見当がつかず、荷物を少しでも減らしたかったので今回もドロップバッグは利用しなかった。
ドアを封鎖するシールがPBP専用品で可愛らしい。一眼を構えて写真を撮っていると「ジャポネ、カメラ」みたいな声が聞こえる。「日本人はPBPまでカメラ持って走るのか、なんてカメラ大好きなんだ」とか言われているのだろうか。私は別にカメラ趣味なわけじゃないのだけど。
走行時の速度はかなり違うはずなのに何故か一緒になる大塚氏とレストランに並ぶ。
今回は少なめにチキンとライス、サラダ、マフィンにした。
食事が食べられなくなってエネルギー不足に陥るのがPBPリタイヤの原因として少なくないため、食べられる時にしっかり食べないと。
…なんて言いながらここまで絶対食べ過ぎている。
大塚氏が隣を見ろと指差す。あれはバイクのスタッフでは無いかと。
彼らの食事と共に並んでいるのはビールだ。なんだか顔も赤い気がする。隣の参加者もビール飲んでるし、多分ここで寝るんだよと好意的に解釈する。
外に出ると、バイクがすぐに発進可能な状態で止まっていた。
「これはここで休むのでは無いんじゃないか」「securityと書かれたバイクが一番危ない、アレに近づいてはいけない」そんなことを話しながら大塚氏と別れる。彼はここでドロップバッグを受け取り、着替え等していくようだ。
□8/22 19時30分。 Loudeac(第4PC)出発。
まだ外は明るい。スタートから丁度24時間が経過し、寝るには丁度いい場所ではあるがここで寝ると夜中に出発することになる。それは寒いし、なによりテールランプの赤い光が眠気を誘う。明るいうちに少しでも先に進もうと出発。
やっぱり速度は20km/h前半とダラダラだが、ここまでより眠気は抑えられているようだ。
それより気になるのは空模様、ルディアックのほうからゴロゴロという音が響く。もしやサンダースームが追いかけてきているのではないか。アレに追いつかれないためにも頑張って先に進まねば。
■8/22 21時50分。493km地点、 St Nicolas du pelem(仮眠施設)到着。
入り口でスタッフが「ここはコントロールポイントでは無いけど中で寝れる。寝るならバイクをそこの広場に置いて中へ、通過するならそっち」と誘導していた。
・雷の音が迫っており、出来ればヤツから逃げ切りたい。
・ここまでのどうしようもない眠気が少し収まっている。
・910km地点のホテルに翌日21時に到着、あと410kmなのでここで寝なければまだ可能なのではないか。
悩んだ末、「寝ないけど食事だけしたい」とスタッフに告げ、バイクを置いて中に入る。
食事スペースは大きなテントのような施設だった。
ここでは岩本さんや坂東さん、多くの日本人に会う。皆ここで仮眠していくと言う。
食事しながらどうするか決めかねていた所に土砂降りの雨、ついにサンダーストームが来た。
土むき出しの地面はあっという間にぐちゃぐちゃになり、濡れ鼠な参加者が酷い顔で続々と到着する。こんな中出発する気にはとてもなれない。ギリギリ屋内に辿り着いていてホントに運が良かった。
80時間の部で既に折り返してきた黒澤さんが到着。
北海道1200kmを50時間以内に完走している彼、三船さんに勝つという密かな野望と共に参加していたようだが序盤に2回パンクしてしまったらしい。なにより調子がイマイチなように感じた。
もうタイムは諦めており、ここで寝ていこうかななんてお話。結局少しの仮眠後、雨雲に向かって突っ込んでいったようだ。
体育館の仮眠施設とは別に、数ユーロ(2ユーロだっけな?)払えば個室のシャワーが使える。
仮眠施設内にもシャワーがあったのだがそれに気がつかずに追加料金を払ってこちらのシャワーを利用。
中は非常に広い。奥に見えるシャワーの他に左手にもシャワーが5つくらい並んでいる。
どうやらシャワールームがまるまる1つ、1人用として与えられるみたい。これが4,5部屋あり、一人出る度に清掃して次の人を入れていた。思っていたよりずっと清潔で気持ちいい。別料金を払った価値はあった。
でかいトイレットペーパーのような紙で体を拭くらしい。そういう文化は無いので持っていたタオルを使う。熱い湯船に浸かりたいがそこまでの贅沢は言ってられない。暫くシャワーを浴びて冷えていた体も温まった。着替えて仮眠施設に向かう。
仮眠施設は体育館に簡易ベッドがずらっと並べられたもの。入り口で起こして貰いたい時間を告げるとそれが記録され、懐中電灯を持った係員に自分の簡易ベッドまで案内される。こんな雨の夜に走りたくは無い。もう910km地点のホテルは完全に諦め、タイムアウトギリギリの4時に起こして貰うことにした。
体育館の天井はガラス張りで、雷によるフラッシュが次々と焚かれて眩しい。雨の音も凄い。
耳元でけたたましく鳴り響く警報装置の音。誤作動なのか何なのか、係員が止めようとゴタゴタ。
こんな中眠れるか、と思ったが直ぐに眠りに落ちた。
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