2013年9月25日水曜日

2013タンデム福岡_19: マチュピチュで鹿

○5/4
  今回のタンデム旅行、合流後しまなみ海道以外どこに行きたい?という問いに妻は
・四国カルスト
・マイントピア別子
と答えました。

  マイントピア別子というのは別子銅山の跡地で、「東洋のマチュピチュ」と呼ばれているそうです。
マインといったら地雷、それに胡散臭さ倍増な東洋の○○。これはなんだか期待できそう。

  朝起きて10kmくらい走って、入り口の端出場ゾーンへ。
どちらかというと奥の東平ゾーンがメインでこちらは観光スポットというか道の駅って雰囲気。

  駐車場の裏に謎の建物がありました。
この炭宿窯は当時のものでは無くて今現在使っているものっぽい。

  その炭宿窯の更に裏に、「鹿森」の看板が。
鹿だよ、鹿が居るから行ってみる鹿無い。

  端出場ゾーンのテーマパーク的な建物のすぐ裏なのに観光客など一人も居ません。ハイキングを楽しむ人が一人くらいいても良さそうなのに。

  途中「この先マイントピア別子私有地立ち入り禁止」のロープが。この鹿森自体はマイントピアとは全く関係ないのかな。

  まあ上まで登ってみようよ。

  今日は歩く予定だったからロードシューズ以外の靴を持参(妻合流時に持ってきてもらった)。
しかし妻と違って私のはサンダル。枯葉が入ってきて滑って登りづらいです。

  15分ほど登ると終点の標識が。鉄塔が建ってるだけで面白そうなものは何も無し。もちろん鹿も。予想通りのガッカリに妻は引き返すと渋りますが、道はまだ続いているようだからもっと上まで登るのです。

  最初は昔の小学生が寄贈した石碑が現れました。こんな山の中に小学生が何を建てるかね?タイムカプセル?

  苔に覆われたベンチの先で見たものは、

  「鹿森」、それは別子銅山従業員の家族たちが住む社宅。

  ここからはその社宅の跡地が始まります。
さっきの学生石碑に書かれた名前はこの鹿森で育った子供たちのものなのね。

  急な階段の先には、

  浴場跡

  こういった案内用の看板が所々に存在するのに誰にも会わないのは何故なんでしょ。
マイントピア別子が自分とこの施設じゃないから紹介してないとか、なにか大人の事情があるのかな。

  風呂にでも入って落ち着こう。

  まるで井戸から這い上がるゾンビ。

  橋の跡

  危ないから近寄っちゃダメ、なんて囲いは無くって目一杯近寄れます。危ないから近寄りませんが。

  ここは共同炊飯場だった模様。

  この鉄のリングは当時のものかしら?
現代人が落としていった謎のオーパーツ(ガイシの欠片等)との区別がつきづらくて面白いです。

  メインの社宅跡地を越えても登ります。階段も無くなってサンダル大変。

  少し開けた場所に出ました。

  花が葉っぱの植物です。
何を言ってるのかよくわからないと思いますが、葉っぱが花なんです。

  もう何も無いかなと思った矢先に現れたのは遊具っぽい何か。

  これで荷物を運んでいたのかな。

  そしていきなり家。いえ?

  他の跡地と違って、これは最近まで人が住んでいた形跡があります。
鹿森跡地とは関係が無いのでしょうか・

  この家の周りに咲く花も、ここまでのと違って観賞用に植えられたものっぽい。

  社宅管理用のエライ人が住んでいた家を建て直しつつ人が住み続けた。いや社宅とはまるで関係が無い。など妻といろいろ想像します。
真相はわかりません。

  木の根元にあった謎祭壇。
これもかなり新しくて謎は深まるばかり。

  1時間半ほど散策して戻ってくると、下のテーマパーク駐車場に入りきらない車が道に列を成していました。

  GW直前は四国の宿が殆ど残ってなかったし、有名な観光スポットってことで人がわんさか押し寄せてきてるのでしょう。
  しかしこの1時間半、一人も会わなかったのは不思議を通り越して少々気味が悪く、観光客で溢れる駐車場に着いた時はどこかから現実世界に戻ってきたような気がしました。



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