PBP当日。
ホテルロビーで時間を潰し、オダックス埼玉の泉さんと一緒にPBPのスタート地点へ向かった。
二人ともカテゴリはB。4時15分、三船さんの走る先頭Aからは15分遅れのスタートだ。80時間の部の知り合いはCの上保さん、Eの落合さん。
各カテゴリの人数は250人ほど。私は真ん中あたり、泉さんは集団には着いて行かないようで後方に並ぶ。
今回の装備、ダイナパックにゴアカッパ上下、長袖インナー、ビブタイツ、レッグ&アームウォーマーを入れている。
集団について行くのであればこの量の防寒具は必要ない。ドロップバッグもあるしルディアックに預けるという手もあったが、極度の寒がりの私は寒さで走れなくなることを恐れた。出力が出ているうちはいいけど疲れてヘタったときに防寒具無いのはDNFの危機だから。
他には羊羹やスポーツバーなどの補給食、水に溶かす粉末ドリンク、それから腹にパン。
ジャージの中にパンを詰め込むようになったのはいつからか。前回のPBPで腹から出したパンをたけさんに食わせてたっけ。その後SR600等のコンビニに入る必要の無いロングで食料を出来るだけ持つために正式採用された。
パンは体積はあるものの重量は少ない。ジャージの中がパンパンで恰好は悪くてもあまり違和感無く走れる。但し水分が少ない為、食べるというより水で流し込む作業になる。
ダイナパックの上には牛のぬいぐるみを輪行用ストラップで括り付けておいた。押すとピューピュー励ましてくれる。これは何だと聞かれたらsupervisorと答えよう。
周りを見てもこれだけの荷物を持っている人は殆どいない。先頭集団で走ろうとしている人の多くはサポート付きだろうし、荷物が無い人はPCで食事を採る算段だろう。
PBP80時間の先頭はレースだと言う。
初めて走る私にはそれがどの程度のものかわからない。前回走った近藤さんや黒澤さん、彼らの話を聞くぶんにはそこまで速くは無さそうだ。
防寒具が多すぎる気もするが、多少の重量増は問題にはならない。たぶんこの集団について行く程度の力はある。
熱狂の中Aが出発、いよいよBがスタートラインへ。「眠くなったら無理して走るな、寝ろ」とのアナウンス。そしてカウントダウン。
2015年PBP、開始。
スタート直後の街中は交通規制されており信号や交差点で停車することは無い。
後日90時間の部のmovieを見たら先導のバイクは30km/h程度で走っていた。しかしこの80時間の部は違う、スタートしてコーナーを曲がるといきなり40km/h超え。
https://www.strava.com/activities/374889859/analysis/122/326
※stravaのアカウントがあると区間が選択状態になります
下り基調のスタートから15kmのAveは40.7km/h。確かにレースペースだ。
通常のブルベと比べるとずっと速いが着いていけない速度ではない。集団のレベル、状況等が良くわかないため一旦最後尾へ。泉さんの姿は見えない。この集団に乗っかっているのは150人程。泉さんも含めた残り100人は最初から見送りを決め込んでたってことか。
街中の外れで日本人に応援される。多分Hideさん?良くわからなかったけど手を振ってオーと答えた。
郊外に出ると直ぐにアップダウンが始まる。そしてその度に集団後方では中切れが発生。
ただ登りは苦手ではないし、ギャップが出来てもすぐに埋められる。集団復帰で多少脚は使うからもう少し前に居たほうがいいかもしれない。
しかしいきなり出てくる中央分離帯やラウンドアバウト、減速の為の幅寄せブロック等、慣れてないフランスの道で神経を使うのも嫌だったので最後尾でダラダラ過ごす。
路面状態は、舗装云々ではなく横断歩道手前のかまぼこ型の凹凸が厄介。
この段差でダイナパックがかなり上下に跳ねる。ストラップで補強してあるとはいえ、かつてSR600で折れたことのあるダイナパック。この速度で凹凸に突っ込んで無事かどうか心配だ。
手を後ろに回して付け根の部分等を確認すると、牛監督(※注:ぬいぐるみ)がストラップからすっぽ抜けて落ちそうになっているではないか!
前回2011年ネタ的に巨大フランスパンをリアキャリアにワイヤーロックで固定して出走した際、乾燥したフランスの風を受けてパサパサになったパンをワイヤーが切り刻んでいき「オマエのパン落ちそうだぞ」と注意を受けた記憶が蘇る。
しかも今回は80時間のマジ集団。何の役にも立たない牛のぬいぐるみを集団内に落としてしまったら確実に顰蹙モノ。後ろ手でゴソゴソストラップを調整しながら最後尾。もうこれ前に上がるのやめたほうがいいかもしれない。余計なもの付けてきてしまったもんだ。
さて集団は中切れを繰り返しながら徐々にコンパクトに。
遅れることは無さそうと安心していたら60km地点の登りでは集団先頭から大きく離れてしまう。
このPBP序盤、マスドレースと圧倒的に違うのは「先頭集団から千切れても別に構わない」と考えている人が多数だということ。
マスドは集団から遅れたら終わりだ。だから皆死にもの狂いで協力し合って追う。しかし1200km走るPBPでは無駄に脚を使ってまで先頭に居残りたい人は少ない。ついていけるところまで集団を利用し、千切れたらマイペースもしくは小集団で走る、多くがそんななのだろう。
長く伸びて間が空いてしまった集団。数人を連結させても誰も回さないから千切れている人々を抜き一人で追うのみ。協力者なんて居やしない…
いやこの時は居た。登りの後の平地で前方に見える集団の速度が上がり、これはマズイかと焦りが出た瞬間後ろから飛び出してきたのは黄色のHITACHIジャージ。
やった、流石世界の日立!何故日立ジャージ?2人で回してあっという間に集団復帰。日立の彼はかなり力がありそうで、そのまま集団前方まで行ってしまった。後方は中切れ危険と判断しての移動か。私は定位置の最後尾へ。
集団は60人程度まで減り、これを境に中切れも無くなり暫く安定する。
スタートから2時間で77km。Aveは38km/h弱。なるほど、80時間の部のPCオープンは参考タイムで早く着いても問題ないとのことであったが、これなら通常BRMの35km/hオープン制限は上回りそうだ。
干し草が積まれた広大な大地を通る道。アップダウンの度に目の前60人の背中がTVの映像のように瞳に映る。
色とりどりのジャージ、様々な国籍のレーサー、そしてここはフランス。ただのサイクリング趣味のオッサンはまるでツールドフランスでも走っているかのような錯覚を与えられた。
なんだ、来て良かったじゃないか。
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